じゃがいも コロリン

東京オリンピックの頃です。結婚することを決めた人のお姉さんと、大阪御堂筋のレストランで始めてお会いすることになりました。ビル最上階のそこは、ピカピカに磨き込まれた木の床を給仕頭が歩く音が、カツカツとやけに響いている権高い感じのとり澄ました所でした。運ばれてきた大きなお皿に、ステーキ(当時はビフテキと言いました)と、これまた大ぶりのじゃがいもが丸ごとひとつ、美味しそうに粉をふいてのっています。

なにしろ初めてお目にかかる人ですから緊張してガチガチになっています。じゃがいもの真ん中に入れたはずのナイフは、ズルッと横に滑ってしまい、はずみで跳ね上がった大きなじゃがいもは、白布がかけられたテーブルをとび越えて、下にころがり落ちてしまったのです。ボトンという重い音がしました。向かい席のお姉さんを見れば、そしらぬ顔でビフテキを切っておられます。でも、あの「音」が聞こえなかったはずはありません。
「ウワ~どうしよう」、、

「レストランでは下に落とした物を、自分で拾ってはいけません、ボーイさんにまかせましょう」テーブルマナーでお習いしたこの言葉が、とっさに頭に浮かびました。落ちてしもうたもんは仕方ないやん!なるようにしかならへん!
持ち前の居直り根性で、知らぬ顔をきめこむことにいたしました。足下の大きなじゃがいもは、食事が終わるまでそのままテーブルの下に鎮座していたのです。

その年の夏に結婚し、もう48年が経ちました。連れは、好物のじゃがいも料理が出てくると、必ずこの時のことを笑いながら言いだします。

「あんなにデカイじゃがいもをゴロンと落としておいて、知らん顔してるんやから、これは相当な根性や、嫁さんにしたらエライコトになるかもしれんと思うたんやけどな」、、と。

「一番びっくり顔をして慌てたんは、アンタの方やないですか!エライコトになるかもしれんと思うたんは、私もおんなじでしたワ」

口のへらないジジババ二人、お互いにもっといい人生があったかも、、なんて思わせてくれる「じゃがいもコロリン昔話」でした。新ジャガの季節がやってきて、三方原の美味しいじゃがいもが出回って来る頃に、毎年思い出しては笑ってしまうのです。
(2012.6.02.)

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